【 命の鑑定人 〜死神編〜 】 (2005/8/04)

街灯の灯る道を、二人で逃げていた。
僕と、ついさっき知り合ったばかりの女性、シイナだ。

深夜零時までに、この街の教会へ行かなければならないらしい…

「いい? 教会に入るまでは絶対に後ろを振り向かないで」
彼女は前を向いたまま、静かに、しかし鋭い口調で念を押した。

「わかった」
僕は一応そう答えたが、もちろん半信半疑だ。

数分前、家のドアを叩く音で眼が覚め、開けるとそこに彼女がいた。
長い黒髪で、肌は白い。 背は小柄で、黒いワンピースを着ている。
頭と手首にヒラヒラした装飾を付けているが、名称は分からない。

暗がりだったのと、まだ寝ぼけていたせいで顔はよく見えなかったが、全体的に可愛らしい感じの女性だ。
年齢は、僕と同じ10代のようにも見えるが、もしかしたら20代かもしれない。

彼女はシイナと名乗り、予め用意しておいたような言い回しで、簡潔に状況を説明した。
「鑑定人が、あなたを殺そうとしています。 だから私と一緒に教会まで逃げてください。 期限は明日の零時までです」
以上。
たったそれだけを告げ、僕を外へ連れ出した………

今は、夜中の11時45分。 つまり、あと15分で零時だ。
家から教会までは、10分くらいだったと思う。

正直、何か厄介なことに巻き込まれるのでは?
という不安もあったが、今のところ教会へ向う大通りを歩いているし、教会の周りにも民家はある。
いざとなれば、直ぐに人を呼ぶことができるだろう。 たぶん…。

彼女と話して分かったことは、まず僕の命を狙っているという”鑑定人”のこと。
彼女曰く鑑定人とは、「人間の命を鑑定し、裁く者、”死神”よ」だそうだ。
そして、さっきの「後ろを振り向かないで」というセリフ。
理由は分からないが、彼女の迫力に押され、とりあえず従うことにした。

月が雲に隠れている為、辺りを照らすのは薄暗い街灯だけ。
この時間帯だと、さすがに人影は無い。
普段、後ろを気にしながら歩くことはないが ”後ろを向くな”と言われると、気になって仕方がない。
誰もいないはずなのに、見えない後ろの暗闇から、何かが迫ってくるような気がする…

広場にある時計を横目で見ると、11時50分を指していた。
「教会まで、あと2、3分だな」
僕がそう言って前を歩く彼女を見た時、ガツッという音がしてシイナが転んだ…? 何も無い平坦な道で………
「………大丈夫か?」
「大丈夫、ちょっと…挫いただけ」
慌てた様子も無く、シイナは説明的な口調でそう答え、立ち上がろうとした。
が、どうやら挫いた足が痛むらしい。 また地面に座り込んでしまった…

シイナは、身体にそぐわない大きな黒いブーツらしきものを履いている。
僕が後ろからその様子を見ていると、シイナは前を向いたまま、僕に命令した。
「おんぶして」
「…………」
今までの不可思議な言動からか、何となく作為的な気もするが…、まぁ、それも悪くないだろう。
僕も同じく前を向いたまま、シイナの頭の方まで歩き、背中に登り易いよう、しゃがんだ。

深夜、人通りのない道で、怪しげな女の子に背を向けている。
ふいに、後ろに複数の何かが蠢いているような感覚が、僕の全身を硬直させた…
物音はない、辺りは静寂のままだ。
一瞬、本当にシイナの言っていた鑑定人だという死神が現れたのかと思った。思ってしまった…
そんなもの、いるはずがない。
「シイナ!?」
と叫び、後ろを振り向こうとしたその時…、白く細い腕が、僕の首に巻きついてきた。
そして、小柄な身体が僕の背中にのしかかってくる…
巻きついた腕は、少しひんやりしていて柔らかい。
背中から伝わってくる感覚は、もちろん死神などではなく、人間の女性…というか少女だ。

「何してるの? もうすぐ零時よ。 早く教会へ」
シイナの声と一緒に、香りのついた冷たい風が、心地よく身体の熱を奪っていく…
僕は、いつの間にか、汗を掻いていたようだ。
シイナを背に乗せたまま、一度深呼吸をし、心を落ち着かせる。
そして、再び教会へと足を進めた。

シイナは、見た目どおりの軽さだった為、教会までの距離なら難なく行けそうだ。
まだ後ろは見てないが、さっきまであった後方からの威圧感はもう無い。
きっと気のせいだったのだろう。 又はシイナを背に乗せて、気が紛れたのかも…
予定より少し遅くなってしまったけど、まだ零時にはなっていないはずだ。
そこの角を曲がれば、教会が見えてくる。

僕は、気分転換も兼ねて、シイナに質問してみた。
「鑑定人ってやつは、もう近くまで来てるのか?」
「うん。 直ぐ後ろにいるよ」
半分冗談で訊いたつもりが、妙な答えを返してきた。

家からここまで誰ともすれ違わなかったし、足音も僕のしか聞こえない…
もしかしたら、さっき感じた威圧感が…?
「後ろにいるなら、何で襲ってこない? 僕の命を狙ってるんだろ?」
僕は、目的地の教会を見上げながら訊ねた。
シイナは即答する。
「まだ鑑定中だから大丈夫」
鑑定中? そういえばいったい何を鑑定しているんだ?
いや、もし仮に鑑定人なんていう死神がいたとして、
「どうして君に、そんなことが分かるんだ?」
教会の前で立ち止まり、再度シイナに詰問した。 扉までは、あと十数段の段差を上るだけだ。
「知りたい? じゃあ私を降ろして」

言われたとおり、シイナを降ろす。 シイナは足の痛みを感じさせない動きで段差を上っていった。
僕もその後を追い、彼女より四段下の踊り場で立ち止まる。

シイナは首を動かさず、前を向いたまま僕に言った。
「もう後ろを見てもいいよ」
ん? 確か教会に入るまでは”絶対に振り向くな”と言っていたはず………
「なら君は………、どうして振り向かないの…?」
シイナはゆっくりと答える。
「そうね……、じゃあ…私が先に振り向こうか?」
「ああ。 でもシイナ、君は……!?」
言い終える前に、こちらを振り向いたシイナと目が合った。
シイナの青く透き通るような瞳が、僕を見下ろしている。

シイナの顔をまともに見るのは、これが初めてだ。
最初に見た時は、この”青い瞳”に気付かなかった……
長い黒髪の隙間から、左耳だけに付けたピアスが見える。
ピアスの先端にあるシイナの瞳と同じ色の宝石が、街灯の光を反射させていた…
僕はその瞳と、青い光に魅入られ、動けない………

「さぁ、中へ入りましょう」
シイナは後ろ手で難なく教会の扉を開き、中へ入っていった。
予め鍵を開けておいたのだろうか? 又は、教会の関係者という可能性もある…のか?
怖さに慣れたせいか、どうでもよくなったのか、僕は躊躇せずその後を追った。
もしかしたら僕は、シイナに心を惹かれているのかも知れない。

扉を閉め、聖堂内を見渡す。
その中央を、ゆっくりと歩くシイナの陰が見えた。
暗くて確かなことは言えないが、シイナ以外に人の気配は感じない。

シイナが立ち止まり、僕の方を振り返った。 そして今までの様に、唐突に宣言する。
「零時になりました。 鑑定の結果をお伝えします」
………。
「鑑定!?」
一瞬、何のことか分からなかった…、が、それはつまり……
「シイナ…、君が、僕の命を狙う鑑定人だったってことか?」
「はい。 私があなたの”命の鑑定人”です」
と同時に雲に隠れていた月が姿を現し、聖堂のステンドグラスから月明かりが差し込む……
そしてシイナを覆っていた陰も薄れ、白い肌と宝石のような青い瞳が、明かりの中で輝いて見える。
その光は、シイナを本当に別世界から来た存在のように錯覚させた……
そう、錯覚だ。 これは全て、シイナの書いたシナリオに過ぎない。

「シイナ、こんな遊び、もう終わりにしないか?」
「遊び? 遊びですか。 そうですね、そうかもしれません。 私は、あなた達、人間の命を弄ぶ”死神”ですから」
「まだそんなことを! 何が死神だ、ただの女の子じゃないか!」
僕は勢いに任せシイナに詰め寄る。
「シイナ! 僕は………」
………君が好きだ。そう言いそうになって止めた。
何故そんな言葉が……? ついさっき会ったばかりの…、ほんの十数分前に知り合ったばかりの女の子に………
わからない………、わからないが…、真実だ。
「僕は、君が好きだ」
想いが言葉に出た。いつの間にか鼓動が速くなっている。手はシイナの両肩を強く掴んでいた。全く冷静でいられない。
「シイナ………」
シイナの顔を覗くように見ると、困惑の表情がはっきりと分かった。
「えっ…あ…、ありがとうございます。 でも、却下します」
ほぼ即答だった。
「私は死神ですよ。 人間からの愛は受け入れられません」
またその話か…、なら、
「僕は……、君が死神でも構わない」
と、強引に押し倒そうとした刹那、シイナの瞳にある青い光が、僕の”感覚と意識”の中へ、一気に広がった。
感覚器官は、その”青”に完全に支配され、身体は全く動かない。
意識も、その光の中に全て吸い込まれてしまいそうだ……

………辛うじて存在する意識の中で、シイナの声だけが力強く響いた。

「あなたは、私の出した不可思議な要求を全て”是”で答えましたね。
 あなたは自らの意思で考えようとはせず、ただ状況に流されただけでした。
 よって、”死”を宣告します」

死? 僕は……、死ぬのか…?

「はい、あなたの命は、鑑定人である私が吸収し、それを求める者に分け与えられます」

そうか……それも悪くない…、かな………

「ですがその前に、最後の質問があります」

………何…を…?

「あなたに、生きる目的はありますか?」

…………
……
…いや……、僕にはそんなもの……、無かったと…思う………

「なら生きてる意味ないね」

優しい声で、シイナは僕にそう告げる。
教会のせいか、その死神の声が天使のように思えた。

END


 

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